2008年06月27日

暑中お見舞い

2008年 常夏の島から
ガソリン高騰…四輪から原付に替えようか



  

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2008年06月24日

しばし休養

暑い日が続きます。

ブログ始めてやがて1年になります。

頭とデータのメンテナンス兼ねてしばらく充電期間に入ります。

 では…  

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2008年06月22日

慰霊の夕日


6月23日「慰霊の日」
この日太陽は、東の窓と西の窓と一直線に並びます。

宜野湾市佐喜眞美術館


九死に一生を得た兵士は こう告白したそうです。
「肉体は助かったが オレの魂(たましい)は 永遠に救われない」
  

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2008年06月22日

人生の目的


琉球芋発祥の地より


暑い日が続きます 
断られても断られても
日々注文をとりにいく営業は
魂を磨く修行のようなものです 

人生の目的は「しごと」を通して魂を磨いて人格を高めること
どなたか成功者がそのように結論づけていました

ここでいう「しごと」とは仕事に志事。直接生活の糧を得る以外にも
家事育児、介護、神事、ボランティア、病床でも前向きにしっかり生きること…
どれもこれもその人と周りにとって大切なしごとです。

近日、ビジネス活動に成功を収め安定的な実績を積んだら
私もそのように断言したいと思います

「人生の目的は『しごと』を通して魂を磨いて人格を高めること」って。




久志観音  

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2008年06月21日

夏至


北中城大西ゴルフ場より与勝半島を望む   

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2008年06月21日

日日是好日

日日是好日(にちにちこれこうにち/ひびこれこうじつ)

読み方はどちらでもいいそうです。
よく茶道の間に掲げられています。
やわらな文字面(もじづら)ですが、たいへんきびしい言葉です。

というのは、私たちの人生、毎日毎日が良き日で笑い続けられるはずはないんです。

ときにはひどい雨や嵐の日もあれば、思わぬ災難に遭遇するときがあります。
意外なうれしいことに遭遇して「ホントによかったな」というときもあるでしょう。

どんなときでも謙虚に事態を受け入れ、できれば感謝の心を持つ、そこまでできなくとも
不平不満などの愚痴をこぼさず少しでも良き日にしましょう、ということかと思います。
それは日頃から魂を磨いてないと、心が高めていないとできないことです。

日日是好日…どんなときでも妬み恨み愚痴は抑えて
与えられた状況の中で、ありがたいことの一つでも探しだして
少しでも良き日にしてきましょう。本物のマイペース…




中城・護佐丸の墓の下方から  

Posted by すながー at 13:43Comments(5)TrackBack(0)日常の気づき・発見

2008年06月20日

カデナマリンビーチ



カデナマリンビーチ

むかーし琉球国嘉手納は野国村のもの
63年前から現在でもアメリカ軍のもの

きょうの10分間だけは私のもの  

Posted by すながー at 22:48Comments(2)TrackBack(0)日常の気づき・発見

2008年06月20日

宮城の羽衣伝説




宮城には羽衣伝説の言い伝えが残る御宿井(うすくがー)とよばれる井戸があります。
ある日、農民が井戸に行くと、美しい天女が沐浴をしていました。天女の衣を隠し、衣を無くした天女は天に昇ることができず、この地で農民と夫婦となり暮らしたそうです。そして一男一女が生まれ、のちにその男子は地頭になり、女子はノロとなったそうです。
(南風原町宮城公園にある説明碑文より)




 
※以下、文献を参考にした説明と私個人の推測です。
 農民の名は大国子という。近くに住んでいて、ときどき夜にこの井戸から光が射すのを不思議に思い、ある夜のぞきに行った。そこには、1人の美女が彩色豊かな衣を脱いで枝にかけ、水を浴びていた。
 容姿はひときわ美しく、この世の者とも思えぬ神々しさ(この辺は決まり文句)で、月の国の姫か大和の貴婦人であろうかと、しのび寄って衣を盗み持ち帰って隠した。

 天女は衣を無くした天に昇るこができず、この農夫と夫婦になった。おそらく天女ということにしておいたほうがのちの暮らしでは安全だったのだろう。ヤマト武家の女だと噂されようものなら対外的に危険だったのかったのかもしれないと勝手に推測する。
 のちに1男1女をもうけ、成人して男子は宮城の地頭職になり、女子はノロ職(神女)を授かった。 

 天女が亡くなったとき、久場塘御嶽にある一ツ瀬という岩に葬り、村じゅうが崇敬した。子孫は中(仲)里門中といわれる。この岩は今次大戦の爆撃で消滅し、跡地にセメント造りの祠が設けられた。

 伝説なのに子孫も門中も実在することから普通の人間だったと思われる。島流しにあった平家の女であろうか。謎は謎のままがいい。西洋人のように白黒はっきりさせたがるのは「日琉的もののあはれ(情趣)」とは趣を異にする。

 私の職場の道路向かいには浦島太郎の話とほぼ同じ龍宮伝説、裏手の丘には羽衣伝説がある。直線でわずか数百メートルしか離れていない地域に日本昔ばなしを代表する二つの伝説があるということ。以前は首里南後方の静かな場所だと思っていた南風原の与那覇と宮城。同じ地名は沖縄の他所にもいくつか見られるのだが。最近、この地域が気高いものに思えてきた。
  

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2008年06月19日

日々の積み重ね




人生哲学…

暑かろうが寒かろうが
体調悪かろうが言い訳なし。

日々の積み重ねが大切です。
成功をイメージして…

道ばたの標語が営業の励みになる…

中学生から学ぶこともあります。

  

Posted by すながー at 19:09Comments(0)TrackBack(0)人生論

2008年06月17日

龍宮城へ行った男の墓を拝みました

龍宮城へ行った男の話

昔むかし南風原間切与那覇村に正直者の若い漁師がいたそうな。南風原与那覇といえば与那原と隣接する土地。JEFよなばるとジャスコはえばる店の中間くらいの場所だ。

そんな若い漁師がある日、今よりはずいぶん海が近かったであろう与那原の浜でカラジ(つけ髪)を拾った。人のいい漁師は村中歩いて落とし主をさがしたが見つからなかった。

ひょっとすると浜辺にカラジの主が現れるだろうと、暇さえあれば浜辺を歩いていた。しばらくして漁師の前にこの世の者とは思えぬ美しい娘が現れて、「この髪は私のです。ありがとうございます。さ、龍宮へ遊びに行きましょう」と手を引いて海底に入った。純朴な若者に断る理由などない。美しい娘に誘われるまま手をつないで海の中へ消えていった。

娘は龍宮城の乙姫様であった。(地元のスナック○△のホステスさんではない♪)
漁師は、タダで酒さかなをごちそうになり、連日連夜、飲んで歌って踊る龍宮城の暮らしがすっかり気に入り楽しく遊び暮らした。

さすがに3カ月ほど経つとそろそろ飽きてきて古里を思い出して帰りたいと言った。

乙姫様は「すでに人間世界では33代もたっている。ここでいままでのように楽しく過ごしなさい」と引き止めたが、若者の決心が変わらないので、紙包みを渡し「心細くなったら、この紙包みを持って戻って来なさい。ただし開けてはいけない」と警告した。(帰らないほうがいいのに…)

郷里に帰ってみると、知らない人ばかりで、家族のことをたずねても狂人扱いにして相手にしない。とほうにくれて生まれ育った与那覇村の丘に登って桑の杖をつき座りこんだ。

あの紙包みに良案があろうかと、開けてみると白髪だけで、それが飛んで来て体に付き、たちまち老衰して死んだ。のちに与那覇の村人が老人の死体をみつけたが、普通の人間ではないと考えてその場所に丁寧に葬り、穏作御嶽(ウサンウタキ/神名「クバヅカサノ御イベ」)と名づけた。

この御嶽にたくさんの桑木があったのは、その桑杖から種が生じたものと伝えられる。現在ははえばるジャスコに徒歩10分内で行ける住宅地。現在でも嘉手苅門中と古くからの与那覇の字(区)民と、今年から近くに事務所を構えた私・すながーも拝んでいた。よく考えたら伝説の人の墓である。

 
 過去に「スナック龍宮城」が開業したとは聞いていない。
 あれば流行るかも。ただし教養のある美しい乙姫様にかぎる。
 来月あたり桜坂の竜宮通りにでも行きたくなってきた(笑)
 伝説なのに墓もあり現在でも区民に大事にされている。

 そして今日、私は拝んできた。
「安らかにお眠りください」…そして
「私も龍宮城とやら一度行ってみたい…」


だいぶ草ぼうぼう 梅雨空けたら刈ります



隠作根子(うさんにーしー)の墓
ふりかえって汗を拭くと梅雨空けの空気だった

となりの宮城集落には羽衣伝説があります。
気がむいたら次回に紹介します。

羽衣伝説と龍宮伝説 
伝説現場はわずか数百メートルしか離れてない。そのちょうど中間地点で私は仕事をさせてもらっている。なんも意味はないと思うが…潜在意識に何か願望でもあったのかな。

ひたむきに思う商売繁盛 千客ばんないOK?

2008年旧暦5月14日 
夜になるときっと美しい
十四番目の月が南東の空に上がるだろう。



 参考:『沖縄の伝説と民話』月刊沖縄社  

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2008年06月17日

稲盛さん語録(2)

どんなに財産をため込んでも、名声を獲得しても、多くの人を従える権勢を誇っても、人生を終え、死を迎えるときには、肉体をはじめ形あるものは何一つとして持っていくことはできない。しかし、すべてが無に帰してしまうわけでもない。「魂」だけは、人生の結果として残り、さらには来世まで持ち越すことができる。ならば、人生の目的とは美しい魂を作ることにあり、人生とはそのように魂を磨くために与えられた、ある一定の時間と場所にほかならない。(『人生の王道』)



まずは財産をある程度はためてからというのが本音です。人生の目的とは美しい魂を作ることにあるのなら、できれば少しはゆとりのある暮らしのなかでじっくり磨いていきたいものです。そのためにも「けふのしごとにはげまんと思ふ」。


  

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2008年06月16日

稲盛さん語録

人生の結果=考え方×熱意×能力
この方程式は、普通の人々がどうすれば成功を成し遂げるかということを表しています。特別な才能がなくても、誰よりも情熱を燃やして努力する人は、大きいことを成し遂げることができるのです。
(『成功への情熱』)

〜なかでも「考え方」が大事でなんですね。どんなに大きな熱意とすぐれた能力があっても、マイナスの考え方をもってしまうと、かけ算されてとんでもないマイナスとなってしまいます。常にプラスプラス。雨に打たれても風に吹かれても…なにがあっても最低プラス1以上でいましょう〜♪





まずは「誰にも負けない努力」を重ねることだ。「誰にも負けない努力」とは、その深さや長さにおいて、際限のない努力をいう。つまり、一心不乱に仕事に励み、一生懸命にいきているような姿のことだ。そのような壮絶な打ち込みによってこそ、魂はしだいに浄化されていくにちがいない。(『人生と経営』)

〜これは経営や仕事だけでなく芸術、音楽、スポーツなどすべてにあてはまるようです。世のため人のために無心で取り組むこと、打ち込むこと…。最初は自分のためだけかもしれない。そのうち周りに感動といい影響を与えていく。理屈ではない何か大きなものを得るのでしょう。野球でいう百本、千本ノック、1日数千回の素振りなど、即効性はなくても科学的ではなくても継続することによって当事者の根性と魂だけは美しく磨かれていきます〜



  

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2008年06月15日

因果応報の法則


名護城

昨日、人のがりおこなうべきことありて名護城(なんぐすく)へ行ってきました。


このところ稲盛和夫さんの講演CDをすり切れるほど聴いています。
〜もっともCDはテープのようにすり切れることはないそうですが…

私ども3秒ごとにアホになることがありますし、どんなにいい話でも1度2度聴いただけでは頭に入らないものですから、CD2枚で2時間ほどの講演を3日間で15回以上は聴いたかと思います。寝てるときも車で移動中も音源をかけています。すこしも飽きません。暗記できるくらい聴いています。なにかに取り憑かれたようです。

稲盛さんといえば京セラの設立社長、会長を経て名誉顧問、KDDIの設立社長、現在は会長を経て最高顧問、経営塾「盛和会」を主宰して人材育成に力を入れています。スゴい方といのは以前から存じていましたが肉声を聴いて感動!いい意味で「なんじゃこりゃー!」的な衝撃でした。

数年前から稲盛さんの著書は斜め読みをしていましたが、稲盛さんの本よりは稲盛さんと同年代の五木寛之さん、また私の御師Kさんの影響で経営の神様・船井幸雄さんの本を15年以上前から多く買って読んでいたように思います。

ところがここへ来て稲盛さんです。まるで高品質の点滴に出会ったように私の細胞内に入ってきます。たいへん心地いいんです。食事をするのも2度ほど忘れるくらいでしした(でもあとで元は摂ってしまったが)。

稲盛さんのおっしゃることは意外にも単純な法則なのですが、さまざまな学びに毎日同じところで初めてのように感動します。すこし変になるくらいです。


たとえば因果応報の法則について

善因善果
良いことを考え良いことをすると良い結果になる
悪因悪果
悪いことを考え悪いことをすると悪い結果になる

因果応報の法則はその人の持って生まれた運命よりも少し勝ることが分かってきました。ですからその人の運勢、たとえばいろいろな占星術や街角の広告で見かけるあらゆる易が悪くても、気にもせず常に良いことを考え良いことをすると、すぐに良い結果がこなくても悪い運勢は軽減されるだろうということです。よしんば運勢が良いうえに良いことを考え良いことをすると相乗効果でラッキーが次々となだれ込んでくるのです。我々がよく耳にしたことのある単純な法則です。

思いを実現させる原理原則から考えること。朝夕肝(心)磨き人間性を高める。利己ではなく利他(りた)の心で生きる。宇宙の流れと調和させる。
沖縄の民謡にもあるような単純なことです。著書に書いてある言葉の一つひとつが身体じゅうに浸透してくることってあるのですね。50にして初めての体験です。優柔普段通りですから何年か前にも同じ言ったかもしれません。

物事って本来単純なものなのです。船井幸雄さんもよく書いておられます。本物ほどシンプルでベスト!小難しい条件や高額なお金は不要!偽物には必要でも、本物は思いのほか単純なんだといいます。

「しかし、物事の本質は単純なもの、一見複雑そうに見えるものでも、単純なものの組み合わせでできている」(『生き方』)より


次回、六波羅蜜の教えについて復習します。(公開しないで下書きだけかもしれませんが)
◇◆布施の心=利他心 持戒の心 精進 忍辱 禅定 智慧◇◆




ひんぷんガジュマル(名護)  

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2008年06月14日

「心の三毒」補足


知念久原公民館 後ろは海



6月の2日に「心の三毒」という言葉について書きました。

1)貪(むさぼ)る 
2)怒(いか)る 
3)愚痴(ぐち)る

この三つの心は、誰の心にも忍び込み悪縁があるごとに表面化してきます。それぞれの心に囚われている間は、偏見や苦しみが続き、不安と動揺にさいなまれつつ人生を送ることになります。などと書いて「心の三毒」を頭ごなしに否定しました。反省しています。
……………………………………………………
結論としては大きな間違いはありません。しかし稲盛和夫さんの本を読むと書き出しがちがうのですね。さすがに美しい利他の心をもった「経営者の神様」のようなお方です。

以下引用
「貪欲、怒り、愚痴の三つは、実は自然が我々に与えてくれたものなのです。肉体はこの三つを要求するわけです。これらがなければ人間は生きていけないのです」

といったん肯定します。さらに…
【欲がなければ物を食べることはできません。敵に向かって戦うという闘争心も、煩悩がなければありません。生きるために必要なものとして、自然が我々に与えてくれたものなのです】

中略して続けます。
【本能、煩悩がなければ人間は生きられません。しかし、それが強くなりすぎてしまうと利己になってしまいます。自分だけよければいいという利己になる。つまり悪しき思いになってしまう。 「そうガツガツするなよ。自分だけよければいいというのはおかしいではないか。もっと世間を見てみろ。商売相手もあれば従業員や仲間もある。いろんな人たち、そのみんなが幸せになっていくように考えたらどうだ」ということを我々の知性で、本能を抑えて(自分自身に何度も)教えなければなりません】

まとめとして…
【本能の中にある煩悩を抑えつけ、あまり出ないようにしたうえで、感謝の心が大事だ、思いやりがいるのだ、慈しみの心がいるのだということを日常茶飯、自分に言い聞かせていく。これを知性で教えていく以外はありません。ほうっておくと、本能の中の煩悩のままに生きてしまいます。つまり、利己心を抑えて、利他の心がつねに出るように(自分自身に)教えていく。そういう努力をしていくことが必要です】

〜『経営にもとめられる力』稲盛和夫〜講話CDブックより

補足として
すぐに怒る人は理想が高いうえに反射神経が鋭いのですね。失礼ながら、理想などなくて反射神経の鈍い人はそう怒りは出てこないかもしれません。

どちらがいいのか?

私はいま思ったのですが、すぐ怒ろうとする人が、まだ少しはいいのでは思います。故・栽弘義監督じゃありませんが、なんとしてでもまず勝たねばならぬ、目標を達成するんだという強い意思に、大胆細心さを身につければ世の中をよき方向に導くリーダーになるかもしれないからです。
ただし、ある年齢をいけば怒りや愚痴、不平不満がつい口から出ようとするのだけれど、深呼吸のあと状況を見てグッと抑えて表に出ないようにする。そして知性と理性でもってにこやかに謙虚に立ち振る舞える、それがいつしか習慣になり寛大な人といわれる。そういう人になりたいと思う。たとえば野球の日本代表監督・星野仙一さんのように機をみて激しく強く怒り出す情熱家はよきリーダーになりうる。 

私自身が数年前まで(いや基本的には今もそうかもしれない)、ひどく怒り性で不平不満の達人のような人間でした。とりまくいろいろな方のおかげで、少しは人並み近く抑えられるようになりました。いやまだまだかもしれません。あと50年かかるやもしれません。日々精進するだけです。



佐敷と知念の間くらいの海岸  

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2008年06月11日

生き方

京セラやKDDIの創業者でもある稲盛和夫さんは「生き方」という本の中で、稲盛さんは次のように語っていました。

「人生は心に思い描いたとおりになる。強く思ったことが現象となって現れてくる。まずは、この『宇宙の法則』をしっかりと心に刻みつけてほしいのです。すなわち、よい思いを描く人にはよい人生が開けてくる。悪い思いをもっていれば人生はうまくいかなくなる。思ったことがすぐに結果に出るわけではないので、わかりづらいかもしれませんが、20年や30年といった長いスパンで見れば、そのようになっています。ですから、まずは純粋できれいな心を持つことが、大前提となります。なぜなら、よい心、特に『世のため、人のため』という思いは、宇宙が持っている意志と一致すると考えられるからです。」

私たちは、どんな大きな夢を描いてもいいし、どんな大きな夢でも実現できるのです。
描いた夢が例えば半分しか叶わないのであれば、もうひと回り大きな夢が描くべきです。

ウォルト・ディズニーも次のように言っています。

If you can dream it , you can do it.
(あなたが夢見ることができることは、実現することができる)

こういった前向きな信念を強化するために
1)毎日、肯定的な内容の良書を読む
2)月数回は肯定的な内容のセミナーへ参加する
3)スピリチュアルなものを安易に過信しない

※偽物が出回っているご時世、情報は複数の裏付けから
 

     

Posted by すながー at 13:18Comments(4)TrackBack(0)人生論

2008年06月11日

レキオス倶楽部6月

レキオス倶楽部  6月9日(月)定例セミナー

「沖縄経済の展望と中小企業に必要なスキル」
講師:(株)おきぎん経済研究所 
代表取締役 北原秋一氏

~レジメより転載 ~

(1)経済社会を視るポイント

 1、マクロの目とミクロの目
 2、循環要因と構造要因
   (グローバル化、IT化)

(2)沖縄経済を展望
 1、沖縄経済の構造
 2、沖縄経済の特殊性
 3.沖縄県の財政
 4.外資の波(本土資本から外国資本へ)

(3)中小企業の利点である小さな組織を活かす
  21世紀は中小企業のチャンス期~
 1、全体をグリップ(経営、営業、財務、人事)
 2、ネットワーク
 3、スピード 
   一人三役で全体を掌握・判断基準をレベルアップ→スピード経営
 4、オープン 会社の業績等をできるだけ社員にオープンに
 5、変革
 6、末学
  ①礼儀から
  ②成長は組織の使命と関わりがある
   :仕事に意義在りとする信念・社会への献身
 ③成功の鍵は責任;自らに責任を持たせる
地位ではなく責任ある存在になること
能力だけでなく人間として大きくなること



スピードについて
 いま沖縄の周辺、とくに台湾、中国などでおそろしいスピードで成長変化をしている。
大きな組織では急激な変化に即座に対応できない場合がある。小さい組織であるがゆえ
 なんとか対応できる場合がある。とりあえず一人三役四役でで全体を掌握・判断基準を
 レベルアップしていく。 
2008年〜2009年…すでに始まっている東アジアの大変革期に遅ればせながらでも。
   
今回のセミナーとは別にいろいろな人生法則を学習中です。
私にとってブログは原稿整理・保管倉庫の機能を果たしていますので
今後もメモ代わりに記録していきます。




沖縄市与儀公民館近く  

Posted by すながー at 10:50Comments(0)TrackBack(0)集会・セミナー

2008年06月07日

塩屋のけむり

塩屋の琉歌碑(しおやのりゅうかひ) 大宜味村塩屋


宵もあかつきも 
 なれしおもかげの
立たぬ日やないさめ 
 塩屋のけむり


これはハーミンゾー(塩屋の村の中にある森で昔はテチンジチとよんでいた)にある
歌碑に刻まれた琉歌である。与那原親方良矩。組踊「花売りの縁」の出羽(んじふぁー)の歌。


読み)ゆいんあかつぃちん なりしうむかじぬ
   たたぬふぃや ねいさめ しゅやぬちむり


意味)朝な夕な親しんだあの人の面影がたたぬ日はない。
   ちょうど塩炊きの塩屋の煙が立たない日がないように。


   

塩屋湾



この歌碑に詠まれた美しい自然の中で、祖先たちは永い年月の中の間に、
あるとき風雨とたたかいながら生活の基盤を築きあげてきたといわれる。


今日はユッカヌヒー、ハーレ競走の日

塩屋のファーリー(国指定文化財)は毎年旧盆明けの初亥の日に行われる行事
今年こそは必ずや自分の目とカメラに焼き付けたい。

  

Posted by すながー at 21:07Comments(1)TrackBack(0) やんばるの歌碑巡り

2008年06月07日

今月の斎場御嶽































南城市は候補者一人。無投票当選で静かでした。
ウタキは相変わらず神々しく光っていました(ケータイで撮影)。
10年後はウタキ巡りガイドやってます。 ~ウタキー巡りの~♪
  

Posted by すながー at 15:03Comments(4)TrackBack(0)沖縄のグスク・拝所

2008年06月04日

いくつになっても感動する心を!

おはようございます。

早起きして午前4時からNHKのラジオ深夜便を聴いていると「一流の人は行動のすべてが一つの目標に集約されている」旨のお話しがありました。日本でも一流とよばれる編集者のお話です。取材・編集の仕事を通して一流と呼ばれる方とのインタビューなど、さまざまなおつきあいの経験から語れる言葉でした。

また「一流の方は80、90歳すぎてもたえず感動する心を持っている」と話していました。さらに一流の人はこれで終わりがない、「これでよし、というのがない。止まったら後退するだけ、だからいつも上に向かって歩いている」そうです。さながら下りのエレベーターで上の階をめざしているようなものでしょうか。

私も少ない経験ですが、ビジネス、スポーツ、芸能関係者の上位レベルの方とのおつきあいの中からときおり共通したものを感じることがあります。そこで良い話(ラクして儲ける話ではなく)に影響を受けやすい私は、いましばらく仕事の鬼になって物事に集中したいと思いました。当然といえば当然ですけどね (^^;

いくつになっても感動する心を持って…



本業です。副業も趣味も同じです。
  

Posted by すながー at 09:18Comments(4)TrackBack(0)日常の気づき・発見

2008年06月02日

心の三毒

心の三毒という言葉があります。
それは人間の誰しもが持っているものであり、これにより1日の生活や仕事のペースが乱れ、大事な人生を翻弄されている方も多いと思います。

その三つとは、以下のものです。

1)貪(むさぼ)る 
2)怒(いか)る 
3)愚痴(ぐち)る

この三つの心は、誰の心にも忍び込み悪縁があるごとに表面化してきます。それぞれの心に囚われている間は、偏見や苦しみが続き、不安と動揺にさいなまれつつ人生を送ることになります。私もそうでした。今でもときおりさいなまれて生きています。

貪りの心は、たとえば腹八分目に満足できず、満腹を得ても、さらに食べ続ける過食も貪りの一つですし、性欲や物欲もそうでしょう。お金や貴金属類をいくら持っていても満足できず、もっともっとと財産や物を追求するのも貪りになります。もちろん生活に必要な最低限の金品は命をかけて稼ぐべきです。子孫に迷惑かけないために。

怒るという感情は、燃える心を作り出し、常に争いごとの火種となります。戦争も突きつめれば、怒りから端を発しているものになります。個人単位の怒りが、いつのまにか、民族や国単位の怒りに増幅されいているケースがあります。「意地(怒り)んいじらー手ひち〜」と取り返しのつかない人間にならないうちに糸満漁夫の教えに戻るべきでしょう。

愚痴るに関しては、日常頻繁に行われていることですが、これも心を毒します。愚痴は話す人も聴く人も心は毒されますのでその場から逃げるが勝ちです。

私も含め、多くの人が、心の三毒に蝕まれ、ものごとをありのままに見られなくなっている気がします。心の平穏を望む場合、この三毒発生のメカニズムを分析し、どう、発想(想念)の転換をはかるかが重要になってくるのだと思います。


むかし塾教師をやっていた私はそこで
傾向と対策を調べてみました♪

1.貪(むさぼ)る→ 戒(かい)学・いさめる訓練(ウォーキングなどスポーツ)
2.怒(いか)る→ 定(じょう)学・精神統一(座禅や瞑想・ヨガ、水修行)
3.愚痴(ぐち)る→ 慧(え)学・智慧の取得(講演や読書・よき人との討論)

たいてい言ったり書いたりするのは簡単です。実践ではそううまくはいかないものです。諸事情の波が目の前に立ちはだかり良い行動を次々と阻止してきます。私など50年かかってもまだまだ未熟なのです。でも、もしこの心の三毒を超えることが出来たなら、偏ったものの見方から解き放たれ、幸せで穏やかな人生(生活)が送れることだと信じて歩いています。



下は5月10日、与那城〜浜比嘉島往復22キロを歩いたときの写真です。

  

Posted by すながー at 21:33Comments(4)TrackBack(0)日常の気づき・発見

2008年06月02日

ニライは地獄?

 6月1日日曜日19時からのFM沖縄「下地勇のぴっチャージタイム」の番組の中で宮古口シンガーの下地勇さんが、あるリスナーからの「宮古ではニライカナイは口にしてはいけないほどの悪い言葉では?」とのお便りに戸惑っていました。下地さんは「ニライカナイ」という言葉自体もともと宮古にはないし、沖縄(本島)で使われている「ニライカナイ」の意味、「海の彼方の来訪神…」もその反対の意味も聞いたことがないということです。わたしも宮古にルーツがあるのですが、「ニライカナイ」については親親戚からも一度も聞いたことはありません。 

 3年ほど前に出会った北谷の長老・A氏から衝撃的な話を聞いたことがあります。
 A氏独自の長年の研究により「ニライカナイの本来の意味は地獄に消える」と言っていました。A氏は嘉手納〜北谷地区の「ニライ消防署」の命名に最後まで一人反対し続けたらしいです。「ニライは地獄だぞ!」と言い続けたので周りの関係者からかなり迫害にあったということです。90歳近い現在でも「それでもニライカナイとは地獄に落ちる意味」だと頑に主張し続けています。

 ニライカナイ〜「地獄に消える」と「海の彼方の極楽浄土」…は天国と地獄同様に紙一重のように思えます。ニライとはいろいろな文献を調べてみるとたしかに地底とか海の底とかそういう意味も含まれています。あの世の世界と同じようなポジションかと思われます。沖縄全体があの世に近い島だと言われています。あの世とこの世が盛んに交信している島だとも言います。
 イメージだけはどんどん膨らんで浦島太郎の竜宮伝説にも飛躍しかねないいろいろな意味が含まれていそうです。古語、古典を超えて伝説の世界に足を踏み出しましのでハッキリとした答えは誰にもわからないと思います。
 私的には、ニライカナイは「海の彼方の極楽浄土」と「地獄(海底)に消える」という相反する二つの意味があると思っています。異なる二つの意見に耳を傾けることも大切だと考えるからです。

 たまたま昨日、下地勇さんのラジオ番組でちょっとした話題となっていましたので参考までに書いてみました。

……………………………………………………………………

3年近く前にA氏の出版に伴い生意気にも私が寄稿した文言を掲載します。


参考として引用
「沖縄口の根を探る」出版に寄せて
    
 ニライカナイは「地獄に消える」という意味だという。
 これまで別の意味で理解していた方にとって本書の解説はいささか衝撃的かもしれない。たしかに「ニライ」の意味は『沖縄古語大辞典』(角川書店)「東の国の楽土」と書かれている。「カナイ」はその対語表現だが、「ニライカナイ」で神々の住む楽土であるという意味が沖縄内外で一般に広まっている。
 本書では著者安和守禮氏が『梵和大辞典』(講談社)や外国のサンスクリト辞典などを駆使しながら沖縄口に結びつく根を模索している。
 例えば『梵和大辞典』三一二頁にに[niraya]という語があり、訳は地獄、音写は泥犁である。泥犁は漢音でニライ、呉音でニレイ。同じ三一二頁に[kanaya]という語がある。訳は「消える」である。読み方は右に準じてカナイ、カネーとなる。二語続けて ニライカナイ、あるいはニレーカネー。つまりニライカナイの意味は、梵和大辞典によると「地獄に消える」ということになる。その文献の権威等についても述べられている。
 ところで琉球〜沖縄の歴史において、海の彼方から何がやってきたか。
 一六〇九年にやってきたのは、火器を持たないウチナーンチュに襲いかかった薩摩の鉄砲隊であった。また一八七九年(明治十三年)、時の新政府から派遣された官軍は琉球処分を強行、王位は剥奪され、多くの士族が職を失った。一九四五年には世界最強の軍隊がおびただしい物量と火薬をもって海の彼方からやってきた。 
 数々の侵略はまた、言葉(沖縄口)にもあったようだ。

現実問題として海の彼方から幸せがもたらされたのは、琉球の大航海時代の他はあまりいいことはなかった。
 近隣諸国や大国に翻弄されながらも、しっかりと自分の言葉(ウチナーグチ)を保ってきたウチナーンチュ。その貴重な言葉の意味を誤って広めてしまってはご先祖に申し訳ないし、子孫に大きな禍根を残してしまうというのが著者安和氏の意向のようである。
 後半は以前から安和氏が趣味で書きためていた「試訳 沖縄口 般若心経」を編集し直した。氏が宇都宮高等農林時代に出会った「般若心経」だが、それを沖縄口に結びつけたのはサンスクリット語の原文であったという。「沖縄口の根を探る」同様、ユニークな「ウチナーグチ般若心経」も読んでいただければ幸いである。

  2005年 師走      記す         編集者 S


ある言葉に対する一つの考察であり提言ですので「いや、絶対ありえない!」などと、迫害して異端児扱いをするなどいじめないでくださいね。

宮古島の場合、海の向こうからやってくるのは台風や大津波のほかに武器を持った支配者や税の取り立て役人などが来ることが多かったそうですし…。
まあ、あの世では天国と地獄は紙一重ということで… ものは考えよう、それぞれの心の中の問題かもしれませんね。

〜居酒屋の話題にでも… 失礼しました。  

Posted by すながー at 14:00Comments(2)TrackBack(0)おすすめ本の紹介

2008年05月30日

新たなステージへ



昨日と一変して

 かぎやで風(かじゃでふう)

今日(きう)の誇(ふく)らしゃや
 なをにじゃたてる
蕾(ちぶ)で居(う)る花ぬ
 露ちゃぐとぅ ヨウンナ
ハリ蕾で居る花ぬ 蕾で居る花ぬ
 露ちゃぐとぅ ヨウンナ
(この歌詞だけで3分18秒)


きょうのうれしさは何にたとえようか
あたかもつぼんでいた花が露をうけたかのようだ



いいことありました。長い冬のあと1シーズン遅れの春がきそうです。やや大きな仕事をいただきました。ありがとうございます。うんじゅが情どぅ頼まりる。頼(たん)でぃがー頼でぃ。ニフェーデービル(二度も拝むでござります)。野球でもそうだが仕事上でも安易にガッツポーズはしないのが私の流儀。敗れた相手に失礼だから。横綱の品格ならぬビジネスの品格だってある。倒した相手にダメを押したらいかんぜ青さん。ヒットが出たら塁上でイチロー選手のように静かに次の塁、次のヒットを狙う準備にかかりたい。とはいえ、今日のうれしさは隠しきれない。それとは別に偶然にも旧い先輩からもお声がかかった。きょうは久しぶりに那覇で飲むことに。明日も仕事だけどなんとかなる。これまでもなんとかしてきたし、きっとこれからもなんとかなるはずだ。それでも「なんくるないさ」はふだん地味な努力を続けている人が使う言葉だと思っている。みなさん良い週末を!それなりに泣きなさい笑いなさい(どっちよ!)  
タグ :かぎやで風

Posted by すながー at 17:41Comments(4)TrackBack(0)日常の気づき・発見

2008年05月29日

もう春です(古いものはすてましょう) 

やまない雨はない 台風もいつか去りゆく
夜明け前が一番暗い じっとこらえるときもある
冬の時代ばかりはない、いつか春が来る でも大きな地震はいやだね

もう春です(古いものはすてましょう) 斉藤哲夫 1973
むかし、落ち込み悩み苦しんだときに癒してくれた歌
 ↓  ↓  ↓  ↓ ↓
http://jp.youtube.com/watch?v=I4cSbYOroBs&feature=related


これでもか!といわんばかりの
『悩み多き者たちへ』 ODA&斎藤哲夫 〜名曲です。歌う哲学者…
↓  ↓  ↓  ↓ ↓
http://jp.youtube.com/watch?v=EqT06txTg5U&feature=related  
タグ :斎藤哲夫

Posted by すながー at 21:19Comments(4)TrackBack(0)斎藤哲夫

2008年05月29日

護佐丸展



『護佐丸展』…門中の方はもちろんそうじゃない方も揃って出かけましょう。
場所は名護以南の沖縄本島のほぼ中央、「北中そば屋」の上から入ったところです。

 売りたい本は『護佐丸伝』です  

Posted by すながー at 10:12Comments(4)TrackBack(0)沖縄のグスク・拝所

2008年05月28日

人の話を真剣に聴く

夜のクラブに行ってきました〜♪♪

浦添市商工会のある「結の街」で開催された
レキオス倶楽部ビジネスネットワーク5月のセミナーへ行ってきたのです。

今回講師の知念常光氏(株式会社ジャパンクレス会長)は講演テーマは
「成長し続ける企業の条件」

講演の中で知念氏は流行る飲食店・スナックの事例を挙げわかりやすく
人の話を真剣に聴くことの重要性を強調していました。

人(お客様)の話を聞くのは5段階あるそうです。
1)音を聞く 2)言葉を聞く 3)内容を聞く 4)意味を聞く…
そして、5)相手の気持ちを考えながら心で聴く…
5段階まで出来たらすばらしいですね。

相手の容姿に左右されず先入観など入れずに素直に聴くという難しさはあるかもしれませんが、努力すればできることですよね。さらに真剣に人の話を聴くことはその人の感性が高まり、そして人間力の向上につながるとも話していました。また真剣に人の話を聴くということは「ストロークを与える」とも言い相手にとって「心の栄養」になるそうです。

むかしトリプルアイの加納先生から念仏のようによく聞かされた話です(特にそれができない私のために?)、いまだになかなかできてないものですなあ。つい最近でも友人の話を半分だけ聞いて小さなけんかしてたような気がします。それでも常に私は日々繰り返し訓練しているところです。人の話を真剣に聴くことを。




人間だけでなく自然や神の声もしっかり聴きましょうね♪
  

Posted by すながー at 05:12Comments(4)TrackBack(0)集会・セミナー