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Posted by TI-DA at

2013年01月02日

2013年1月1日

初日の出


浦添城址公園 為朝岩(ためともいわ)から上がる陽光
2013年(平成25年)1月1日午前7:31

早朝より地元・仲間自治会有志による古典芸能の宴もありました
仲間自治会のみなさんはむかしから仲がいいそうです
大名自治会はいつもエライさんの行列らしいです\(^◇^)
  

Posted by 砂川よしひろ at 00:52Comments(2)

2012年12月31日

謹賀新年

謹賀新年

時を守り 場を清め 礼を正す

上の言葉は明治生まれの哲学・教育学者の森信三先生が提唱した教育の場 再建3原則です…つまり「時間を守る」「掃除をする」「挨拶をする」という ごくあたりまえのことですね

新年を迎えるにあたり 皆さま方のご健康とご多幸をお祈り申し上げるとともに
私ども日々あたりまえのことを実践し微力ながらも皆様方のお役に立てるよう
努力して参りますので

  本年もよろしくお願いいたします
〒900-0003 那覇市安謝1-2-10 2F

株式会社アイビー早稲田おきなわ
塾長 砂川芳博
  

Posted by 砂川よしひろ at 21:35Comments(0)

2008年01月01日

謹賀新年

明けまして おめでとうございます


みなさん、御菓子御殿ではありません! 

「県民の心のふるさと」です。沖縄らしい赤瓦の本殿が見事です

〜正月には15万人以上の参拝客で賑わいます〜

新しい年に「琉球八社」の撮りおき写真をアップします。
 

琉球八社とは、明治以前、琉球王府から特別の扱いを受け大切に祀られてきた八つの神社。多くの場合は洞窟を伴っており、大和の真言密教の影響を強く受けている。八幡宮を除く七社はいずれも熊野権現の勧請。祭神は伊弉冉尊(いざなみのみこと)、速玉男尊(はやたまおのみこと)、事解男尊(ことさかおのみこと)、八幡宮は八幡大菩薩の勧請。
※勧請(かんじょう)とは、神仏の来臨や神託を祈り願うこと、また高僧などを懇請して迎えることを言います。

【琉球八社】
(1)波上宮(なみのうえぐう・那覇市若狭)
(2)沖宮(おきのぐう・那覇市奥武山)
(3)普天満宮(ふてんまぐう・宜野湾市普天間)
(4)識名宮(しきなぐう・那覇市繁多川)
(5)末吉宮(すえよしぐう・那覇市首里末吉町)
(6)安里八幡宮(あさとはちまんぐう・那覇市安里)
(7)天久宮(あめくぐう・那覇市泊)
(8)金武宮(きんぐう・金武町金武)


琉球八社(1・2)波上宮と沖宮

(1)波上宮(なみのうえぐう・那覇市若狭)

毎年正月には多くの参拝客で賑わう。14世紀頃、護国寺(真言宗)の鎮守社として創建された。那覇市若狭の海岸(波の上ビーチ)に突き出した断崖の上に所在する。かつて正月には琉球国王自ら参拝して国歌の平安と繁栄を願ったという。
「琉球国由来記」によると、崎間里主というものが釣りをしていて発見した光る石を高い所に置いて祈ると効験があった。この国の神々に石を奪われそうになったので逃げて波上まで来た、そこで「自分は熊野権現の化身でありこの地に社宮を建てて国家を守護すべし」という神託があり、それを王宮に奉上して波上に建立したとのこと。



(2)沖宮(おきのぐう・那覇市奥武山)

もともとは那覇港内にあったが、1908年に築港工事のため、安里八幡宮境内へ移動。琉球国王が海中より光り輝く枯木を発見、熊野権現の霊木として宮社を建て祀ったことがはじまり。その霊木を奉祀したとある創建年は不明、尚貞王代の1681年に板葺から瓦葺へ改めたとある。
社殿は琉球神社建築の典型的なもので、室町時代中期の特徴を備えているということで1938年7月国宝に指定された。戦災で焼失したため、1960年に現在地(奥武山公園内弓道場上)にうつした。


神社の参拝は、年始よりも年末に感謝の意味をこめた参詣のほうが、神様はよく聞き入れてくれるそうです。1週間前までクリスマスで浮かれていた多くの人たちに、急にあらたまって何万人とお願い事ばかりされては神様もきっと戸惑うのでしょう。お賽銭が少ないとなおさら。対人関係も同じ。いまここで生かされてきたことへの感謝、気持ちがあってお金と時間を使い誠意を尽くす。そこから入るのが相手に伝わるものでしょうね。ちゃんとつたわるーかなーあ♪  『未来予想当たリ図』

神 謝!
今年もよろしくお願いします。
  


Posted by 砂川よしひろ at 00:03Comments(9)