2008年05月13日

万にいみじくとも

万(よろず)にいみじくとも   『徒然草』第三段より

 万にいみじくとも、色好まざらん男は、いとさうざうしく、玉のさかずきの当なきここちぞすべき。
 露霜にしほたれて、所定めず惑ひ歩き、親のいましめ、世のそしりをつつむに心の暇なく、あふさきるさに思ひ乱れ、さるは、独り寝がちに、まどろむ夜なきこそをかしけれ。
 さりとて、ひたすらたはれた方にはあらで、女にたやすからず思はれんこそ、あらまほしかるべきわざなれ。




<勝手に訳>
 すべてに完璧でも、色好まない(恋愛経験のない)男はひどくつまらなく、玉のさかずきの底がない感じさえする。 
 夜露に濡れつつ、行き先も定まらないまま一晩中ほっつき歩く。親のいましめ、世のそしり(世間の評判)を受けとめる心の隙もなく、あれやこれやと思い乱れ、独り寝で悶々とするばかりの夜(もあろう)。 
 さりとて、そんなふざけた男でも、想う女に「あの人は並の男ではない」と思われたいものさ。まあそれが望みなのだろうが。


<感想>
 兼好は「恋愛至上主義者」だと思う。坊さんなのに恋する心は美しいという姿勢を『徒然草』では最後までつらぬき通しているようだ。
 兼好の言う「恋」とは相手を恋い焦がれること。相手を思いながらも忍ぶ恋こそ美しいと兼好は言う。恋は「花は盛に〜」同様、恋愛が成就して異性とイチャイチャする事だけではない。
 会いたくて仕方ないのにどうしても会えない、身悶えする程に相手を求めているのに会う事さえできない。相手を求めて燃えるように恋焦がれる…それこそが兼好に言わせれば「恋」なのであろう。
  しょせん恋も「望み、欲望」の類である、とやや納得いかないまま兼好この段を結んでいる。
 かつて吉田拓郎がデビューする直前に千葉のお寺に籠って歌作りの修行をしていたと聞いたことがある。定かではないが彼は兼好法師の『徒然草』の影響を少なからず受けているように思える。
 歌詞の端々に「諸行無常」の思想と煩悩だらけの「恋心」が見え隠れする。『世捨て人』の曲だったか「望みを捨てろ〜」とさえ歌ってはいるのに、いっこうに捨てきれない欲望は拓郎らしいところ。相田みつをにも通じる。「人間だもの〜煩悩だらけの私…」
 めったに書かない「恋愛論」。さっき間違えて「霊安論」の文字が出たのでしかんだ(サプライズ)。











戸取りの舞(太陽神「アマテラス」が隠れた場所を覆っている岩戸を取り除く舞)
九州物産店関連「パレットくもじ」にて宮崎高千穂の夜神楽より。最前列の人に棒が当たりそうです。子供は泣き出してました。

※本文とは関係ありません  

Posted by すながー at 20:19Comments(4)TrackBack(0)徒然草

2008年04月29日

人のなきあとばかり悲しきはなし

徒然草 第三十段
人のなきあとばかり

 人のなきあとばかり悲しきはなし。
 中陰のほど、山里などに移ろひて、便あしく狭き所にあまたあひ居て、後のわざども営み合へる、心あわたたし。日数の早く過ぐるほどぞ、ものにも似ぬ。果ての日は、いと情なう、たがひに言ふ事もなく、我かしこげに物ひきしたため、ちりぢりに行きあかれぬ。
 もとの住みかに帰りてぞ、さらに悲しき事は多かるべき。「しかしかのことは、あなかしこ、跡のため忌むなることぞ」など言へるこそ、かばかりの中に何かはと、人の心はなほうたて覚ゆれ。
 年月経ても、つゆ忘るるにはあらねど、去る者は日々に疎(うと)しと言へることなれば、さはいへど、その際ばかりは覚えぬにや、よしなし事いひて、うちも笑ひぬ。
 骸(なきがら)は気(け)うとき山の中にをさめて、さるべき日ばかり詣でつつ見れば、ほどなく、卒都婆(そとば)も苔むし、木の葉降り埋みて、夕べの嵐、夜の月のみぞ、こととふよすがなりける。
 思い出でて偲ぶ人あらんほどこそあらめ、そもまたほどなく失せて、聞き伝ふるばかりの末々は、あはれとやは思ふ。さるは、跡とふわざも絶えぬれば、いづれの人と名をだに知らず、年々の春の草のみぞ、心あらん人はあはれと見るべきを、果ては、嵐にむせびし松も千年を待たで薪(まき)にくだかれ、古き墳は犂(す)かれて田となりぬ。その形だになくなりぬるぞ悲しき。

卒都婆(そとば):死者の供養のため、墓石の後ろに立てる細長い板

<現代語訳…ただし主観も入っているので受験には不向き>
 人の死ほど悲しいものはない。
 中陰(四十九日)の間、不便な山寺に集まって狭い所で多くの人による法事の毎日。慌ただしくて日にちばかりがはやく過ぎ去り、あまり経験できないことだ。法事の最後の日はなんだか情ない。もう互いに語る言葉もなくなり、とりあえず荷物をまとめそれぞれ帰宅する(昔は四十九日までのある一定期間、親族は寺に籠って喪に服していたようだ) 
 帰宅して一人になってはじめて故人が思い出されて悲しくなるもの。なのに「今回の事は不吉だ。良くない事の前兆かもしれない」などと家人に語る。人の死に直面しながら何ということだろう、人の心は勝手だと思う。 
 何年たとうと少しも死んだ人を忘れることはない。が、去った人の記憶は日々薄れていくものとある人は語る。そんなこと言っても臨終の時を忘れることはできようか。なのに人はどうでもいい世間話をして自分をごまかしたりもする。 
 なきがらは人気のない山奥に埋められ、しかるべき日にでもならないと墓を詣でる人はない。墓はやがて苔むし枯れ葉に埋まり夜風と月だけが友となる。(当時は風葬) 
 思い出して偲ぶ人があるうちはまだいいが、彼らもほどなく消え失せる。死者を聞き知るだけの子孫までは先祖をありがたいとも思うだろうけど、その子孫すら死に絶えてしまったなら死者の名すら誰も知らなくなる。心ある人なら春の草が萌える様子にさえ感動するだろうが、誰のものとも知れない墓に涙する人はいない。嵐に堪える松も千年を待たずに枯れ薪にされる。古い塚はやがて犂(す)かれて田畑になる。形すら残せない人の死はなんとも悲しい。

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(感想)
とにかく生きてることもたいへんだけど(介護保険料などを確実にとられるし税金も払わないといけないし)、死んで後でもなにかと遺族に迷惑もかけるから(お金もかかるし)たいへんだ。そして大半の人はまもなく記憶の彼方からも消えるものって兼好法師は言う。まさに諸行無常の世界。それでも人生って悲しいことも多いけど、不思議なものでなんか楽しいことも必ずあるのでやめられない。ニコニコ
 


329号線  

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2008年04月23日

仁和寺にある法師

徒然草 五十二段

仁和寺にある法師、年寄るまで石清水(いわしみず)を拝まざりければ、心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、ただひとり、徒歩より詣でけり。極楽寺・高良(こうら)などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。
さて、かたへの人にあひて、「年ごろ思ひつること、果し侍りぬ。聞きしにも過ぎて尊くこそおはしけれ。そも、参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かありけん、ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意なれと思ひて、山までは見ず」とぞ言ひける。
少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。



(現代語訳)
仁和寺にいたある法師は、年寄りになるまで、石清水八幡宮に参詣したことがなかったので、これを残念に思い、ある日思い立って、ただひとり歩いて参拝に出かけた。ところが、石清水八幡宮のふもとの極楽寺や高良神社などを拝んで、これだけのものだと思い込み、そのまま帰ってきてしまったという。(山の上にある石清水には行かなかったんだ)
そして、仲間に向かって、「長年思い続けてきたことをようやく果たしました。八幡宮はうわさに聞いたのよりまさって、まことに尊い御様子でした。それにしても、参拝の人たちがみな山へ登っていったのはどうしてなのでしょうかねえ。知りたかったけれども、神社へ参拝するのが本来の目的であると思い、山までは登ってみませんでした」と言った。
ちょっとしたことにも、案内役はあってほしいものである。


(感想)
五十二段は中学校の国語の教科書にも取り上げられた有名なお話。ただの「知ったかー(知ったかぶり)の坊主」もいう見方もあるが、参拝目的で「遊びで山登りはしなかった」というところは真面目な様子も伺える。道を歩いている人に聞けばいいのにと思うけど、エラい人ほどプライドが邪魔して人に尋ねないってことはある。
「知ったかー」は、たとえば中学時代、どこのクラスでも一人二人はいただろう。私がそうだった。でも必死に調べたし人の行動に疑問を感じたら取材して廻っていたと思う。「知ったかー」は」けっして悪いことばかりではない。知ってると言ってしまった手前、目標を高く上げて見えない努力を普通はするもの。それなりの準備や事前学習、最悪な状況まで想定して物事に当たれば結構楽しいものだ。たとえ道に迷って時間がかかってとしても意外な場所を覚えたり、新たな副産物の発見があったりする。肝心なことは事前準備や謙虚な取材能力であろう。



(話しは違うが)
 4/22はアースデイ。那覇である大きな集会に参加したが、環境問題のリーダーたちのあまりの配慮のなさにがっかりした。渡された新聞資料の誤字の多さ(沖縄関係の固有名詞)、実行委員のほとんど偉いナイチャー(内地の方)のせいか、美しい女性司会者が紹介する地元の首長、地方議員の名前のほとんどがまともに読めてない、たとえば桃原議員をモモハラさんお願いします〜とか、アシトミ?ヤスフミ? トウメ、マ?議員?かぎやで風を「次は沖縄の風でふのおどりです?」、と紹介??ハ?、しかも演目の後半に「かじゃでふう」はないでしょう。出羽(んじふぁー・前奏)が大事なのに司会者が音楽テープ止めたので踊り手は驚いて一度引っ込んださあ。ほかにもいろいろあきれることばかり…。
参加費千円もぼったくりでは? チケットも半券も誰がいくら払ったか記録したようすもなし。渡されたのは小さな缶入りウォーターと団扇だけ。水ぐらいコップで飲むよ!と言いたい。狭い舞台は地方議員の自慢話と子供や地元婦人会の素人踊りに終始。
それぞれの首長や議員さんは自分の話が終わったら人の前から次々と足早に会場を立ち去るばかり。司会者や主催者は演壇の最中に打合せに集中してほとんど人の話を聞いてない。暑苦しいスーツや派手な化粧…ホントに環境問題に取り組んでいる人たちなのかな、と疑問が残る。八重山環境調査ツアーの報告も、ただ(公費?)でシマの海岸に遊びに出かけた身分の高い方々の自慢話のように聞こえた。アースデイ初日に私はとても気分悪くして帰ったので、恐れながら勝手に連動して書き留めた次第。悪しからず。これでいいのかアースデイ?




  

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2008年04月19日

いにしえ

徒然草 第二段いにしへ

 いにしへのひじりの御代の政をも忘れ、民の愁、国のそこなはるるをも知らず、万にきよらを尽くしていみじと思ひ、所せきさましたる人こそ、うたて、思ふところなく見ゆれ。
 「衣冠より馬・車にいたるまで、あるにしたがひて用ゐよ。美麗を求むる事なかれ」とぞ九条殿の逝誡にも侍る。順徳院の、禁中の事ども書かせた給へるにも、「おほやけの奉り物は、おろそかなるをもてよしとす」とこそ侍れ。



<現代語訳>
 いにしえの時代の聖人が行った善政を忘れて、人心や国の行く末にも知らんふりし、全てに究極の美しさを求め国の予算を使い尽くすのが良いと思い、狭い場所に閉じこもっている施政者は考えが足りなく見える。
 「着物に冠、馬や牛車にいたるまで、あるもので間に合わせよ。美しく贅沢な物を求めてはいけない」 と(昔のエラい)九条殿の書き残した子孫への家訓書にも書いてありますぞ。順徳院様が、宮中の事などを書かれた書物にも 「天皇の着物は、おろそかなぐらいがちょうど良い」と、書かれてございますゆえ。


<感想>
 第二段で兼好法師は、人の上に立つ人間が贅沢ばかりして、本業の政(まつりごと)を忘れるようじゃ駄目だと言っています。贅沢は素敵だ、ということですね。大きな家に住んで、いい服着て、おいしい物を食べて、それでいて太らずに毎日を優雅に過ごせれば、それは最高だ。でもそれらのお金の元が国民の税金だとしたら、巷の民衆や高齢者までが生活に困り、重税にあえいでいるとしたらただ事じゃない。
 『いにしへのひじりの御代(みよ)の政(まつりごと)をも忘れ、民の愁(うれひ)、国のそこなはるるをも知らず、万(よろず)にきよらを尽くしていみじと思ひ、所せきさましたる人』新聞に向かって音読している私です。ところで兼好にダメ出しされている人たちは具体的に誰のことでしょうか?厚労省や防衛省の一部役人?…ぼやく総理?国も地方も選挙のときは皆さんいいこと言うんだよなあ。




南無八幡大菩薩〜(安里八幡宮)

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泡瀬を語る会 4月20日(日)午後3時〜5時
 〜小橋川共男さんと泡瀬の海・写真を語るつどい〜
南風原町文化センター(南風原町役場近く・小学校南側)
  

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2008年04月17日

あだし野

第七段 あだし野

 あだし野の露消ゆる時なく、鳥部山の煙立ち去らでのみ住み果つる習ひならば、いかにもののあはれもなからん。世は定めなきこそいみじけれ。

 命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。かげろふの夕べを待ち、夏の蝉の春秋を知らぬもあるぞかし。つくづくと一年を暮すほどだにも、こよなうのどけしや。飽かず、惜しと思はば、千年を過すとも、一夜の夢の心地こそせめ。住み果てぬ世にみにくき姿を持ち得て、何かはせん。命長ければ辱多し。長くとも、四十に足らぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ。

 そのほど過ぎぬれば、かたちを恥づる心もなく、人に出で交らはん事を思ひ、夕べの陽に子孫を愛して、さかゆく末を見んまでの命をあらまし、ひたすら世を貪る心のみ深く、もののあはれも知らずなりゆくなん、あさましき。



<現代語訳>
 あだし野の露消える時なく、鳥部山(墓場)の煙立ち去ることがなく、住み果てる習いならば、いかにもののあわれもなかろうか。世は定めないからこそおもしろいものだ。

 命あるものを見ると人間ほど長生きはいない。かげろうが朝生まれて夕べに死に、夏の蝉は春秋を知らないものだ。つくづくと一年を暮らすほどさえも、このうえなく忙しいものだ。飽きず、惜しいと思えば、千年を過すとも、一夜の夢の心地がする。住み果てぬ世に(年老いた)みにくき姿を持ち歩いて、何をしようというのか。命長ければ恥も多い。長くても四十足らずで死ぬほうがちょうどいい。

 四十過ぎれば、姿かたちを恥じる心もなく、人前にワンカラワンカラしゃしゃり出て、夕べの陽に子孫を愛して、栄えゆく末を見るまでの命を見届ける、ひたすら世を貪る心のみ深く、もののあわれも知らなくなりゆくのは、あさましいことさ。


<感想>
兼好は、人は四十過ぎたらずーずーしく恥じる心も少なくなるから、いっそ死んだほうがいいと書いている。鎌倉時代に市場のセールで人を押しのけてまで商品を貪るオバサンやオジサンの姿を見てきっと嫌気がさしていたのでしょう。四十前にこの「七段」を書いて、その後も数十年間生き抜いて百段余りまで書き連ねた兼好法師本人こそ当時としては結構長生きしたと伝えられている。ですから四十歳すぎのあなた、そう気にせんでもいいでしょう。私は五十になってしもうたし、あと半世紀ほど生存する予定。確かにたいていの生き物は生殖能力・出産能力が減退すると静かに世を去るのが一般的である。人間だけがその後も長々と生かされるのはきっと知恵を持った生き物であり、子孫を作れなくても後輩や子孫のためになることがあり、けっこう世のため地球のために役立つことが多いからであろう。どうか皆さん、年金が続く限り、たとえ宙に浮いたとしても、たとえ足腰が立たなくなっても、百年(むむとぅし)過ぎても生きていてください。
目指せ!後期さらに延長高齢者!!



なぜかごっぱち 
車の流れはたえずしてしかももとのカーにあらず  

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2008年04月15日

をりふしの移り変わり

徒然草十九段「折節(をりふし)の移り変るこそ」 吉田兼好

 
折節の移り変るこそ、ものごとにあはれなれ。「もののあはれは秋こそまされ」と人ごとに言ふめれど、それもさるものにて、今ひときは心も浮き立つものは、春のけしきにこそあめれ。鳥の声などもことの外に春めきて、のどやかなる日影に、垣根の草萌え出づるころより、やや春ふかく、霞みわたりて、花もやうやうけしきだつほどこそあれ、折しも、雨・風うちつづきて、心あわたたしく散り過ぎぬ、青葉になりゆくまで、よろずに、ただ、心をのみぞ悩ます。花橘は名にこそ負へれ、なほ、梅の匂ひにぞ、古の事も、立ちかへり恋しう思い出でらるる。山吹の清げに、藤のおぼつかなきさましたる、すべて思ひ捨てがたきこと多し。

(後略)  兼好法師・作


(現代語訳)
をりふしの移り変わりこそ、ものごとにしみじみとした趣があるものだ。「もののあわれは秋こそ勝る」と人ごとに言うけれど、それもそうなのだが、今ひときわ心も浮き立つものは、春のけしきであろう。鳥の声などもことのほかに春めいて、のどやかな日ざしに、垣根の草萌え出るころより、やや春ふかく、かすみわたって、花もようよう色めきだす時期でこそある、折しも、雨・風うち続いて、心あわただしく散り過ぎる、青葉になりゆくまで、すべてに、ただ、心をのみだ悩ます。花橘(たちばな)こそ名を背負う、なお、梅の匂いにだ、昔の事も、立ち返り恋しく思い出される。山吹の清らかさに、藤のおぼつかない様してる、すべて、思い捨てがたきこと多い。


感想)
捨てなければ得られないものがある



東京 神田川  

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2008年04月11日

同じ心ならん人と

『徒然草』十二段より「同じ心ならん人と〜」
作:兼好法師(吉田兼好)

同じ心ならん人としめやかに物語して、をかしき事も、世のはかなき事も、うらなく言ひ慰まんこそうれしかるべきに、さる人あるまじければ、つゆ違(たが)はざらんと向ひゐたらんは、たゞひとりある心地やせん。

たがひに言はんほどの事をば、「げに」と聞くかひあるものから、いさゝか違ふ所もあらん人こそ、「我はさやは思ふ」など争ひ憎み、「さるから、さぞ」ともうち語らはば、つれづれ慰まめと思へど、げには、少し、かこつ方も我と等しからざらん人は、大方のよしなし事言はんほどこそあらめ、まめやかの心の友には、はるかに隔たる所のありぬべきぞ、わびしきや。


自分と、同じ心を持っている人と、しみじみと話し合ったり、楽しいと思っていることや、世の中のはかないことも、つつみかくしなく語り合うことができるのならば、それはそれで幸せなことなのだけど、そのような人はめったになく、少しも違ってはいけないと相手に迎合して、にやけながら向かい合うだけの関係だったら、なんだかひとりぼっちな気持ちがするだろうね。

お互いに意見を言いたいと思ったなら「そうなんだ」と聞いてみる価値もあるけれど、それとは少し違った意見のある人の場合は「オレはそうじゃないと思う」などと反抗的な態度をしてみせ「そういう考え方でいるから、そういった結果になるわけさー!」ってじっくり話し合うことができたら、それはそれで退屈な気持ちも解放されるだろう。
実際には、自分の言いたいことや愚痴を少しも受け止めてくれそうにない人と話したとしたら、あたりさわりない話をしていればいいけど、魂まで交流できる友達と比べたら、宇宙の彼方にいる人と話しているようで、切なくなってしまうさあね。(よけいむずかしい現代語訳:すながー/主観あり)

……………………………………………………………

まめやかな心の友=魂まで交流できる友達=ソウルメイト?
人によっては会わないほうがいい場合もある。
(…むかしと大きく異なる初恋の人?やメル友、昔の文通仲間…)


写真(おまけです)

伊祖神社(浦添市)コーラー会社の近くにある


土日、宜野座辺でなにかの修行してます〜野球
名護の研修所で宿泊予定 
日曜以降の新聞で明らかに…なる  

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2008年04月08日

友とするにわろき者

徒然草第117段
(原文)
友とするにわろき者、七つあり。
一つには高くやんごとなき人。二つには若き人。三つには病なく身つよき人。四つには酒をこのむ人。五つには武(たけ)く勇める兵(つはもの)。六つにはそらごと(虚言)する人。七つには慾ふかき人。
善き友三つあり。一つにはものくるゝ友。二つにはくすし(醫師)。三つには智惠ある友。
         

(訳)
友とするのに良くない者、七つあり。
一つには身分が高く重々しい人。二つには若き人。三つには病なく身体の強健な人。四つには酒を好む人。五つには勇猛な兵士。六つには虚言をする人。七つには慾ふかき人。
善き友三つあり。一つには物をくれる友。二つには医者。三つには智惠ある友。

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(感想)
兼好法師は友とするのに良くない者として「病なく身つよき人」をあげている。確かに健康な肉体の持ち主は、ともすると優しさ、思いやりに欠けるところがあるかもしれない。私もそうだった。自分が病気になるまでは。但したんなる不摂生で年中体調悪くしてる方は生活習慣の見直しを。

優しさ、思いやりのない人は良き友にはならない。その流れとしては、身分高く重々しい人、勇猛な兵士もそうかもしれない。四つめの酒、少しはいいと思う。 

善き友で「物くれる友」は、相手をみて判断したい。中にはあとのお返しが負担になる場合も。医者、智惠ある友はもちろんOK。


きょう旧暦3月3日 浜下り  男はとくに海に行かない日  

Posted by すながー at 04:57Comments(7)TrackBack(0)徒然草