› 黄金の林住期は50から… › 集会・セミナー2008年06月11日
レキオス倶楽部6月
レキオス倶楽部 6月9日(月)定例セミナー
「沖縄経済の展望と中小企業に必要なスキル」
講師:(株)おきぎん経済研究所
代表取締役 北原秋一氏
~レジメより転載 ~
(1)経済社会を視るポイント
1、マクロの目とミクロの目
2、循環要因と構造要因
(グローバル化、IT化)
(2)沖縄経済を展望
1、沖縄経済の構造
2、沖縄経済の特殊性
3.沖縄県の財政
4.外資の波(本土資本から外国資本へ)
(3)中小企業の利点である小さな組織を活かす
21世紀は中小企業のチャンス期~
1、全体をグリップ(経営、営業、財務、人事)
2、ネットワーク
3、スピード
一人三役で全体を掌握・判断基準をレベルアップ→スピード経営
4、オープン 会社の業績等をできるだけ社員にオープンに
5、変革
6、末学
①礼儀から
②成長は組織の使命と関わりがある
:仕事に意義在りとする信念・社会への献身
③成功の鍵は責任;自らに責任を持たせる
地位ではなく責任ある存在になること
能力だけでなく人間として大きくなること
スピードについて
いま沖縄の周辺、とくに台湾、中国などでおそろしいスピードで成長変化をしている。
大きな組織では急激な変化に即座に対応できない場合がある。小さい組織であるがゆえ
なんとか対応できる場合がある。とりあえず一人三役四役でで全体を掌握・判断基準を
レベルアップしていく。
2008年〜2009年…すでに始まっている東アジアの大変革期に遅ればせながらでも。
今回のセミナーとは別にいろいろな人生法則を学習中です。
私にとってブログは原稿整理・保管倉庫の機能を果たしていますので
今後もメモ代わりに記録していきます。

沖縄市与儀公民館近く
「沖縄経済の展望と中小企業に必要なスキル」
講師:(株)おきぎん経済研究所
代表取締役 北原秋一氏
~レジメより転載 ~
(1)経済社会を視るポイント
1、マクロの目とミクロの目
2、循環要因と構造要因
(グローバル化、IT化)
(2)沖縄経済を展望
1、沖縄経済の構造
2、沖縄経済の特殊性
3.沖縄県の財政
4.外資の波(本土資本から外国資本へ)
(3)中小企業の利点である小さな組織を活かす
21世紀は中小企業のチャンス期~
1、全体をグリップ(経営、営業、財務、人事)
2、ネットワーク
3、スピード
一人三役で全体を掌握・判断基準をレベルアップ→スピード経営
4、オープン 会社の業績等をできるだけ社員にオープンに
5、変革
6、末学
①礼儀から
②成長は組織の使命と関わりがある
:仕事に意義在りとする信念・社会への献身
③成功の鍵は責任;自らに責任を持たせる
地位ではなく責任ある存在になること
能力だけでなく人間として大きくなること
スピードについて
いま沖縄の周辺、とくに台湾、中国などでおそろしいスピードで成長変化をしている。
大きな組織では急激な変化に即座に対応できない場合がある。小さい組織であるがゆえ
なんとか対応できる場合がある。とりあえず一人三役四役でで全体を掌握・判断基準を
レベルアップしていく。
2008年〜2009年…すでに始まっている東アジアの大変革期に遅ればせながらでも。
今回のセミナーとは別にいろいろな人生法則を学習中です。
私にとってブログは原稿整理・保管倉庫の機能を果たしていますので
今後もメモ代わりに記録していきます。
沖縄市与儀公民館近く
2008年05月28日
人の話を真剣に聴く
夜のクラブに行ってきました〜♪♪
浦添市商工会のある「結の街」で開催された
レキオス倶楽部ビジネスネットワーク5月のセミナーへ行ってきたのです。
今回講師の知念常光氏(株式会社ジャパンクレス会長)は講演テーマは
「成長し続ける企業の条件」
講演の中で知念氏は流行る飲食店・スナックの事例を挙げわかりやすく
人の話を真剣に聴くことの重要性を強調していました。
人(お客様)の話を聞くのは5段階あるそうです。
1)音を聞く 2)言葉を聞く 3)内容を聞く 4)意味を聞く…
そして、5)相手の気持ちを考えながら心で聴く…
5段階まで出来たらすばらしいですね。
相手の容姿に左右されず先入観など入れずに素直に聴くという難しさはあるかもしれませんが、努力すればできることですよね。さらに真剣に人の話を聴くことはその人の感性が高まり、そして人間力の向上につながるとも話していました。また真剣に人の話を聴くということは「ストロークを与える」とも言い相手にとって「心の栄養」になるそうです。
むかしトリプルアイの加納先生から念仏のようによく聞かされた話です(特にそれができない私のために?)、いまだになかなかできてないものですなあ。つい最近でも友人の話を半分だけ聞いて小さなけんかしてたような気がします。それでも常に私は日々繰り返し訓練しているところです。人の話を真剣に聴くことを。

人間だけでなく自然や神の声もしっかり聴きましょうね♪
浦添市商工会のある「結の街」で開催された
レキオス倶楽部ビジネスネットワーク5月のセミナーへ行ってきたのです。
今回講師の知念常光氏(株式会社ジャパンクレス会長)は講演テーマは
「成長し続ける企業の条件」
講演の中で知念氏は流行る飲食店・スナックの事例を挙げわかりやすく
人の話を真剣に聴くことの重要性を強調していました。
人(お客様)の話を聞くのは5段階あるそうです。
1)音を聞く 2)言葉を聞く 3)内容を聞く 4)意味を聞く…
そして、5)相手の気持ちを考えながら心で聴く…
5段階まで出来たらすばらしいですね。
相手の容姿に左右されず先入観など入れずに素直に聴くという難しさはあるかもしれませんが、努力すればできることですよね。さらに真剣に人の話を聴くことはその人の感性が高まり、そして人間力の向上につながるとも話していました。また真剣に人の話を聴くということは「ストロークを与える」とも言い相手にとって「心の栄養」になるそうです。
むかしトリプルアイの加納先生から念仏のようによく聞かされた話です(特にそれができない私のために?)、いまだになかなかできてないものですなあ。つい最近でも友人の話を半分だけ聞いて小さなけんかしてたような気がします。それでも常に私は日々繰り返し訓練しているところです。人の話を真剣に聴くことを。

人間だけでなく自然や神の声もしっかり聴きましょうね♪
2008年04月17日
こんにちは泡瀬干潟
きょうの午後、ふとひかれるように南風原文化センターに立ち寄りました。
「こんにちは泡瀬干潟」
写真展があることは新聞で知ってはいましたが空時間で飛び込みました。


必見です。きれいです。海の上からではわかりません。干潟は生きています。宝です。
うまく表現できません。母の胎内のような人類のふるさとのような美しさがあります。
埋め立て計画がだいぶ前からあることは知っています。基地あるがゆえに内陸部が発展しずらいという悩みもあるでしょう。仕事が少ない県内業者や地元の利権が大きくからんでいることもあります。いつでも経済の問題がたちはだかります。かつて強権力によって占領され質草にされたのですから大きな声で文句もいいにくいところです。
ある情報筋からの話ですが、1950年代頃の米軍沖縄占領計画の中に「沖縄島じゅうの周辺海域を埋め立てて北部から中南部にかけて一大飛行場計画」が素案としてあったらしいです。にわかに信じがたい話ですが、当時、詩人・山之口獏さんに「浮沈母艦沖縄」と言わせたことと一致します。西海岸沿いの58だってもとは軍用道路1号線。中南部にかけて緊急飛行場の機能を有してたというのは周知の事実です。拡張可能な巨大航空母艦沖縄島はどこへ行くのでしょう?
さて「どうする泡瀬干潟」
まずは目でみて耳で聞いてみては。自分の足で現実をみては。
非現実的で引きこもり屋的な霊感はあやしすぎてあてにならんし。
小橋川共男写真展(入場無料)
とき:2008年4月11日〜20日(日)
午前10時〜午後6時
南風原文化センター(098-889-7399)
水曜休館
泡瀬を語る会 4月20日(日)午後3時〜5時
〜小橋川共男さんと泡瀬の海・写真を語るつどい〜
南風原文化センター(南風原役場近く・小学校南側)
千葉のOさん、16日に南風原にいらしてたんですね。
「こんにちは泡瀬干潟」
写真展があることは新聞で知ってはいましたが空時間で飛び込みました。


必見です。きれいです。海の上からではわかりません。干潟は生きています。宝です。
うまく表現できません。母の胎内のような人類のふるさとのような美しさがあります。
埋め立て計画がだいぶ前からあることは知っています。基地あるがゆえに内陸部が発展しずらいという悩みもあるでしょう。仕事が少ない県内業者や地元の利権が大きくからんでいることもあります。いつでも経済の問題がたちはだかります。かつて強権力によって占領され質草にされたのですから大きな声で文句もいいにくいところです。
ある情報筋からの話ですが、1950年代頃の米軍沖縄占領計画の中に「沖縄島じゅうの周辺海域を埋め立てて北部から中南部にかけて一大飛行場計画」が素案としてあったらしいです。にわかに信じがたい話ですが、当時、詩人・山之口獏さんに「浮沈母艦沖縄」と言わせたことと一致します。西海岸沿いの58だってもとは軍用道路1号線。中南部にかけて緊急飛行場の機能を有してたというのは周知の事実です。拡張可能な巨大航空母艦沖縄島はどこへ行くのでしょう?
さて「どうする泡瀬干潟」
まずは目でみて耳で聞いてみては。自分の足で現実をみては。
非現実的で引きこもり屋的な霊感はあやしすぎてあてにならんし。
小橋川共男写真展(入場無料)
とき:2008年4月11日〜20日(日)
午前10時〜午後6時
南風原文化センター(098-889-7399)
水曜休館
泡瀬を語る会 4月20日(日)午後3時〜5時
〜小橋川共男さんと泡瀬の海・写真を語るつどい〜
南風原文化センター(南風原役場近く・小学校南側)
千葉のOさん、16日に南風原にいらしてたんですね。
2008年02月17日
公民館ライブ
公民館ライブ
2008年2月16日夜から
越来グスク前公民館(新名所・かってに名前つけました)

1960年代後半〜70年代的なコザ発オリジナルロックを聴かせてもらいました。
どのへんから本物だとか、よくわからないけれど、テクニックとまやかしだけの軟弱な歌があふれている現在、久しぶりに聴く本物の骨太メッセージソングでした。
歌を聴いていると時々、あのコザ暴動事件の前、ベトナム戦争の時代かと錯覚しましたが、現在は2008年でした。でも基地がらみの事故や暴行事件、今でもあの頃と本質は変わっていないはず。
それにしてもドル時代、にぎやかだった銀天街とその周辺は、まるで爆撃直後の中東イラクの商店街のようでした。(イラク行ったことないけど)もう何かに祈るしかないといった感じた。
有事法制をにらんだ沖縄の米軍基地再編計画は着々と進められているのに、名護や那覇などでは居酒屋で自由に議論することさえも許されず、周囲の客や店主にもはばかる風潮がある。そんな時代にあってイイタイコト、ウタイタイコトを自由に表現できる仲間が中部にいた。
公民館ライブの詩
おじさんと呼ぶには若すぎて
若者と呼ぶにはベテランすぎて
青年会はとうの昔に卒業し、今では子ども会行事に引き出され
婦人(女性)会には入られず、老人会の下働きで少し役には立つ
本音を語れる自分にふさわしい「〜会」などはみつからず
人並みに家庭や地域を支える働き盛り?の四十代
戦争体験者であまりにも大きすぎる親の背中をみて育ち
戦後は大勢の団塊世代のうるさい先輩たちにウシェーられ
気が付けば
何だかわからない構造不況と地域間経済格差を背負わされ
多くの人は埋め立てられた二つの海の平坦な土地にいくのに
王府時代から由緒あるグスクの崖下ら辺に夜な夜な集まり
明るくたくましく自分を表現している仲間たちがいた
おじさんと呼ぶには若すぎて
若者と呼ぶにはベテランすぎて
…………………………………………………………
古い城下町・越来グスク前
かつて中頭には王府・首里を守る三つの軍事的要塞があった。
中城グスク 越来グスク 座喜味グスク
その中核を担う越来はただの住宅地ではない。
去年、一昨年と日本では二人の王子がもてはやされた。
ハンカチ王子にハニカム王子
越来では500年も前から二人の王子がそれぞれ君臨し、
中頭一帯を治める若き人気者・スーパースターがいた。
尚泰久と尚宣威…(しょうたいきゅう と しょうせんい)
そして時代を受け継ぐ現・自治会長はハムカウ王子!
いまだ世間からまだスター的扱いは受けていないようだった
以下の年表はテストに出ます!(なんのよー?て)〜「コザ・センター(通り)試験」

越来グスク関連年表…………………………
(碑文より)
1435年 尚泰久王、越来王子となる
1453年 「琉球国之図」に「五欲城」と記される
1457年 尚泰久王が魏古城に梵鐘を寄進
1458年 護佐丸・阿摩和利の変。
大城賢雄が阿摩和利を討ち、功労に
越来間切総地頭を拝命し、越来親方を称す
1470年 尚宣威、越来間切を領し越来王子となる
1477年 尚宣威王、在位六ケ月にして越来に隠退する
1613年 「おもろそうし」巻二に「越来杜城,綾庭」と
歌われる
1666年 越来間切から美里間切が分離設立される
1713年 「琉球由国由来記」巻十二に「越来城殿」で
麦大祭、稲二祭の供物について記載されている
…………………………………………………………………………
「五欲城」という文言!
新たな発見! いったいどんな欲?…あれとこれと…なに?
追:ライブの様子はしっかり書いてね!沖縄タイムス中部支社・Aさん♪
2008年2月16日夜から
越来グスク前公民館(新名所・かってに名前つけました)
1960年代後半〜70年代的なコザ発オリジナルロックを聴かせてもらいました。
どのへんから本物だとか、よくわからないけれど、テクニックとまやかしだけの軟弱な歌があふれている現在、久しぶりに聴く本物の骨太メッセージソングでした。
歌を聴いていると時々、あのコザ暴動事件の前、ベトナム戦争の時代かと錯覚しましたが、現在は2008年でした。でも基地がらみの事故や暴行事件、今でもあの頃と本質は変わっていないはず。
それにしてもドル時代、にぎやかだった銀天街とその周辺は、まるで爆撃直後の中東イラクの商店街のようでした。(イラク行ったことないけど)もう何かに祈るしかないといった感じた。
有事法制をにらんだ沖縄の米軍基地再編計画は着々と進められているのに、名護や那覇などでは居酒屋で自由に議論することさえも許されず、周囲の客や店主にもはばかる風潮がある。そんな時代にあってイイタイコト、ウタイタイコトを自由に表現できる仲間が中部にいた。
公民館ライブの詩
おじさんと呼ぶには若すぎて
若者と呼ぶにはベテランすぎて
青年会はとうの昔に卒業し、今では子ども会行事に引き出され
婦人(女性)会には入られず、老人会の下働きで少し役には立つ
本音を語れる自分にふさわしい「〜会」などはみつからず
人並みに家庭や地域を支える働き盛り?の四十代
戦争体験者であまりにも大きすぎる親の背中をみて育ち
戦後は大勢の団塊世代のうるさい先輩たちにウシェーられ
気が付けば
何だかわからない構造不況と地域間経済格差を背負わされ
多くの人は埋め立てられた二つの海の平坦な土地にいくのに
王府時代から由緒あるグスクの崖下ら辺に夜な夜な集まり
明るくたくましく自分を表現している仲間たちがいた
おじさんと呼ぶには若すぎて
若者と呼ぶにはベテランすぎて
…………………………………………………………
古い城下町・越来グスク前
かつて中頭には王府・首里を守る三つの軍事的要塞があった。
中城グスク 越来グスク 座喜味グスク
その中核を担う越来はただの住宅地ではない。
去年、一昨年と日本では二人の王子がもてはやされた。
ハンカチ王子にハニカム王子
越来では500年も前から二人の王子がそれぞれ君臨し、
中頭一帯を治める若き人気者・スーパースターがいた。
尚泰久と尚宣威…(しょうたいきゅう と しょうせんい)
そして時代を受け継ぐ現・自治会長はハムカウ王子!
いまだ世間からまだスター的扱いは受けていないようだった
以下の年表はテストに出ます!(なんのよー?て)〜「コザ・センター(通り)試験」

越来グスク関連年表…………………………
(碑文より)
1435年 尚泰久王、越来王子となる
1453年 「琉球国之図」に「五欲城」と記される
1457年 尚泰久王が魏古城に梵鐘を寄進
1458年 護佐丸・阿摩和利の変。
大城賢雄が阿摩和利を討ち、功労に
越来間切総地頭を拝命し、越来親方を称す
1470年 尚宣威、越来間切を領し越来王子となる
1477年 尚宣威王、在位六ケ月にして越来に隠退する
1613年 「おもろそうし」巻二に「越来杜城,綾庭」と
歌われる
1666年 越来間切から美里間切が分離設立される
1713年 「琉球由国由来記」巻十二に「越来城殿」で
麦大祭、稲二祭の供物について記載されている
…………………………………………………………………………
「五欲城」という文言!
新たな発見! いったいどんな欲?…あれとこれと…なに?
追:ライブの様子はしっかり書いてね!沖縄タイムス中部支社・Aさん♪


日本の地域ブログ大集合!津々浦々の美味い・楽しいがここに!
